症例5解説

症例:50代・女性

臨床所見:胸部異常陰影

採取部位:気管支擦過

解答:③ 肺原発腺癌


細胞所見

弱拡大でも目立つ豊富な粘液を有する細胞で形成されたシート状集塊を認める。背景には明らかな粘液を認めない。個々の細胞は類円形ないし多稜形を呈し、細胞境界は明瞭で、細胞配列や極性の乱れを認める。N/C比は小さく、核は類円形で概ね偏在し、大小不同、軽度の核形不整を認める。クロマチンは微細で、小型ながら明瞭な核小体を認める。

呼吸器材料において粘液を有する細胞を多数認める場合は、杯細胞増生、腺癌が鑑別に挙がる。杯細胞増生の場合、集塊中に線毛円柱上皮細胞の介在を認めるが、本症例ではほぼ粘液を有する細胞のみで集塊が形成されており、明らかな線毛円柱上皮細胞を認めない。

以上より、肺原発腺癌と推定することが可能と考える。呼吸器領域に限らず、粘液を有する腺癌細胞は核異型が目立たない事が多く、個々の細胞像のみでは良悪の鑑別が難しい場合もあるが、出現様式なども加味して観察することが重要である。

本症例は組織診断で、Solid adenocarcinoma with signet ring features(印環細胞を主体とした充実型腺癌)と診断された。粘液を有する肺原発腺癌としては本症例のような印環細胞癌の他にいわゆる通常型腺癌、浸潤性粘液性腺癌がある。通常型腺癌は異型細胞の中に粘液を有するものが混在している程度であるが、印環細胞癌、浸潤性粘液性腺癌では粘液を有する異型細胞が主体となる。気管支擦過や肺捺印標本における浸潤性粘液性腺癌の特徴は、背景に多量の粘液を認める、配列や極性の乱れが目立たないシート状の集塊として出現する、などであり、印環細胞癌との鑑別点となる。細胞診でそこまでの鑑別を必要とされる場面はあまりないと思われるが、組織像と対比して整理しておいていただきたい。

印環細胞癌とALKあるいはROS1融合遺伝子には強い関連があると報告されており、本症例でもALK融合遺伝子が検出された。細胞像から遺伝子変異の存在の可能性をある程度予測できるという事も合わせて覚えておいていただきたい。




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